2014年12月の
流域案内人行事等の写真館

宮川流域エコミュージアム

このページでは、すでに実施した流域案内人の行事やいろんな企画における写真を掲載しています。




12月22日(月) 二見夫婦岩 浄闇の夫婦岩提燈行列(伊勢市)
宮川流域案内人: 酒徳 覚三さん
重厚なたたずまいの賓日館です。ここから提燈掲げて夫婦岩に参拝します。 ZTVの取材で、皇學館大学の学生さんがスタッフで提燈持って参列します! 夕方5時には真っ暗になり、賓日館の明かりが幻想的に浮かび上がります。
今日は、新月と冬至が重なる「朔旦冬至」です。約20年に一度訪れる吉日です。 寒い中、たくさんの人が、紅白の提燈を掲げて、夫婦岩に参拝します。 旭湯のご主人でもある酒徳さんからのご挨拶。酒徳さん悲願の企画です。
銭湯発祥の地、東京からこの日のためにお越しいただいた参加者の方々です。 さぁ、二見の老舗旅館、岩戸館の百木さんのホラ貝を合図にいよいよ出発です! 新月の闇の中、みんなで行列をつくり、提燈の明かりを頼りに夫婦岩を目指します。
夫婦岩まで歩いて参拝しました。寒かったぁ… 満願蛙にお祈りします。 夫婦岩から戻って輿玉神社の拝殿で、全員お祓いを受けます。 暖かい社内に入ってほっと一息です。神官さまから直々にお祓いをいただきました。
みんなで揃って、二礼二拍手一礼して丁寧に参拝します。 さらに宮司さまより浄闇の貴重なお話と、参拝への感謝のお言葉をいただきました。 最後に禰宜さんから参加者お一人おひとりにお札をいただきます。ありがたい!
主催者の酒徳さんはうれしさの余り、目を潤ませながらのインタービューです。ジーン… 参拝の後、岩戸館さんから温かいお茶を振る舞っていただき、人心地… 朔旦冬至に夫婦岩を提燈持って無事参拝できました。ありがとうございます!



12月20日(土) 熊野古道伊勢路旅:ツヅラト峠・魚まちコース(大紀町・紀北町) 
*27年1月23日(金)22:15〜22:30 三重テレビ「輝け!三重人」で放送予定!
宮川流域案内人: 小倉 公守さん 、 筒井 敏さん 、 奥村 清司さん (熊野古道伊勢路を守る会)
大紀町JR梅ヶ谷駅西口の八柱神社にて受付開始です。出発が待ち遠しいです。 既に雨模様ですが、いよいよ出発です。10歳、9歳、4歳の3兄弟も元気に出発! しばらくすると、定坂公園の東屋で休憩。ここが大紀町側最後の休憩です。
ツヅラト峠方面に歩くと、この辺りも獣害防護柵が張り巡らされています。 いよいよ舗装道を離れ、峠道に差し掛かります。雨も激しくなってきました。 峠道を登りきる手前でスイーツの差し入れ。ないしょ餅がおいしかった…
スイーツの直後がツヅラト峠のピーク。紀伊長島方面が雲海とともに見えてきます。 今度は紀北町側へ下りの連続です。皆さん、足元に充分気を付けてね! 野面乱層積と呼ばれる、自然石をうまく積み上げた石垣の上をしばらく歩きます。
先人の知恵と、ツヅラト峠を守る会の皆さまの努力により今も風雪に耐えています! ここは炭焼き窯の跡です。昔は山でよく見かけたものです。 峠を下りきった辺りに紅葉が!これは感動!このあとマイクロバスに乗ります。
バスで「紀伊長島年末みなと市」まで行き、昼食に紀北町名産渡利カキのひつまぶし丼! 年末みなと市はあいにくの雨で人出が少なく残念ですが、飲食ブースの皆さんご苦労様です。 昼食を終え、魚まち散策。案内は、うおまち歩観会の植田さん、お世話になります!
この赤い旗は、出港停止の合図だそうです。本日はあいにくの天気ですし! 魚まちには、所々に番号札があるので、パンフレット見ながら回ると便利ですよ。 長島神社には樹齢800年〜1000年と言われる大楠が!不思議な形ですね。
魚まちのたまり場と呼ばれる所です。古民家は町歩きの休憩場所に最適です。 仏光寺です。ここには過去2度の津波犠牲者の供養碑があります。合掌! 紀伊長島の「ふれあい広場マンドロ」にて燈籠祭りの出し物が製作されています。
過去の燈籠祭りの写真も並んでいます。ぜひ本物の燈籠祭りを見に行ってください。 ここで皆さん揃って記念撮影。雨の中頑張ってきたので笑顔がはじけます。 最後は小倉公守さんの閉会のご挨拶。みなさん本当にお疲れさまでした。



12月13日(土) 熊野古道伊勢路旅:馬越峠・尾鷲まちなみコース(紀北町・尾鷲市)
 銚子川の河川敷に集合しました。受付に「熊野ありこ」さんが登場し、子どもたちに大人気でした。参加者は35名です。  開会式では、馬越峠を案内していただく「熊野古道語り部友の会」の西尾さんから挨拶があり、3班に分かれてスタートしました。  馬越峠の入口には、昨年の「第24回全国みどり愛護のつどい」でお越しになられた皇太子殿下の行啓記念碑が建てられています。
 ヒノキ林の中の石畳道はとても幻想的です。馬越峠を代表するものです。  地域の人が、子どもの夜泣き封じを願う「夜泣き地蔵」があります。昔は旅人の安全を願うためのものでした。  峠の途中に、ハート形の石がありました。この石を見つけると恋愛成就できるかも?
 江戸時代に、距離表示のために1里(約4q)ごとに造られた「一里塚」です。当時は松と桜の木が植えられていたそうです。  頂上手前に「カッパ岩」があります。シダ植物のヒトツバが髪の毛のように生えており、カッパの顔に似ています。  頂上の「馬越峠の茶屋跡」の横に、江戸時代末期の俳人、可涼園桃乙(かりょうえんとういつ)の歌碑があります。尾鷲地方の弟子たちが師を偲んで建てたものです。
 茶屋跡で昼食をとりました。この日の頂上(標高325m)の気温は2℃で、とても寒かったです。  尾鷲側の峠にある「桜地蔵」です。旅人の安全を願って奉納されたもので、別名「水飲み地蔵」とも呼ばれていたそうです。  展望台から、尾鷲の市街地が一望できます。この日は晴天でしたのでとてもきれいに見えました。
 尾鷲側の麓には、温暖な気候のせいなのか、まだ紅葉が残っていました。  馬越公園の奥に、穏やかに流れる「不動滝」があります。横の祠には不動明王石像が祀られており、江戸時代にはここで雨乞いが行われてました。  馬越墓地の津波供養塔です。江戸時代(1707年)の「宝永大地震津波」の被災者の供養のために建てられたものです。
 馬越墓地の横に、江戸時代の念仏行者、徳本上人が書いた「南無阿弥陀仏」の石碑があります。  尾鷲神社で、全員の集合写真を撮りました。ここからは「尾鷲ふるさとガイド」の皆さんに尾鷲市内の案内をしていただきました。  尾鷲神社に樹齢1200年の大楠があり、大楠の「樹こぶ」にさわりながら、良縁、夫婦円満をお願いします。特に子宝(男子)が授かると言われています。
 尾鷲神社の御祭神は「武速須佐之男命(たけはやすさのおとみこと)」で、武勇にすぐれた武神で、植林の神疫病除けの神様とのことです。  食後のスイーツに、「おわせ棒」の一つである、朝日饅頭本舗の「栗蒸しようかん棒」が、みんなに振る舞われました。  馬越屋さんで休憩をとりました。ここではホットコーヒーを出していただきました。
 江戸初期から続く林業家で「尾鷲の山林王」と呼ばれた土井本家の玄関です。立派な蔵と奥に洋館が建っています。  尾鷲市の指定文化財になっている、常声寺の「毘沙門天石像」です。永禄9年(1566年)に建立された「内宮清順上人」の石像(84p)です。  ゴールの熊野古道センターでは、熊野古道10周年記念イベントが行われており、ここでは「まぐろ棒(おわせ棒)」の振る舞いがありました。来週はツヅラト峠です。



12月7日(日) 花ももの植樹をしませんか(伊勢市)
宮川流域案内人: 岩ア 理さん
冬桜がきれいに咲いているサンアリーナの公園で、今日は花ももを植えます! 苗木を植える道路の斜面です。参加自由でたくさんの方が協力していただきました! 既に植樹の準備をしていただいています。缶には水やり用の水が入っています。
朝熊山麓に花を咲かす会代表の岩アさんから花ももの植樹について教えていただきます。 皆さん、熱心に説明を聴いて、さぁ、植樹の開始!みんなで花ももの里をつくろう! まずは、実際のお手本です。杭でしるしのあるところの地面を掘ります。
シャベルを使って、苗木の根が全部入るぐらいの深さを掘ります。 掘れたら、横に置いてある苗木の根を穴に入れます。上手く入るよう隙間を空けながら… 穴に入ったら、缶に入っている水をたっぷり入れます。人があげる水はこれが最後なのです…
掘った土をかぶせ、こぼれないように、斜面の下側に土手を造ります。 次は、苗木が折れないよう、支えの杭を打ちつけます。これが結構大変です… 支えの杭に、苗木の木肌が傷つかないよう保護布を巻きつけてくくります。
これで完成!さぁ、みんなも、大きく立派に育つように、植えていってね! 穴を掘ると小石が次々出てきます。これも丁寧に取り除きます。 傾斜地なので作業も大変!その分、崩れないような土手づくりも大事になってきます。
85歳の方も頑張って植えていただきました。こうやって、いろんな世代でペイフォワード… 若い女性も頑張ってくれています!ここまで上手にできていますよ! 協力して、支えの杭にひもでくくりつけ、完成! みんなで力を合わせるということが大事…
こんなに小石も回収します。地道で手間もかかりますが、こういう積み重ねなのです! 予定通り植樹の完了です!お疲れさまでした。岩アさんはじめ皆さんありがとうございます! みんなで植えた苗木が立派に成長し、後世に受け継がれる花ももの里になりますように…



12月7日(日) 伊勢市御薗町高向の おわけ祭を見学しよう!(伊勢市)
宮川流域案内人: 北村 武久さん
高向神社です。静かに佇む落ち着いた風情があります。もうすでに始まっているようです! 神主様が、神様にお参りしているところです。皆さん、神妙な雰囲気です… 今年の収穫を感謝する農耕儀礼のようです。酒や米、野菜、魚など上げられています。
上げられていた収穫物を次々と下げ渡していただくようです。 品々は箱に大切にしまわれ、ありがたく頂戴するようです。 箱は慎重に担がれて運ばれていきます。これを氏子の家の神様に捧げるようです。
この辺りには御頭神事という、御頭二頭を奉納する重要無形民俗文化財も継承されています。 氏子さんの玄関前に、中に神様を祭った菰があります。中は秘密です… さぁ、神主様が来て、お唱えがあります。神妙な雰囲気です…
菰の入口がたくし上げられ、神主様のお参りがあります。榊ではない独特のもののようです。 米や魚など先程下げ渡していただいた品々を菰の中の神様に捧げているようです。 儀式が終わり、氏子の方々できれいにして注連縄を掲げて、収穫を祝いました。



12月6日(土) 今年もしめ縄づくりに挑戦!(大紀町)
宮川流域案内人: 柳田 さえ子さん 、 沖塚 正美さん
しめ縄づくりが行われる「むかしのくらし博物館」です。昔懐かしいお家です。 参加者が全員集まりました。中央が今日しめ縄づくりを教えていただく沖塚さんです。 柳田さんも参加してくれます。並行してお楽しみの昼食の準備もしていただいています!
収穫前のコシヒカリのワラをねじって行きます。気さくに沖塚さんが教えてくれます。 皆さん、集中してワラをねじっています。足で押さえて力を入れてねじります。 見本を中心に置いて、難しい所は沖塚さんが一人ずつ丁寧に教えてくれます。 
しめ縄づくりを通じて、先生と生徒さんがいろんな話題で話が弾みます! だんだん、しめ縄らしくなってきて、居間が一気にしめ縄工房に変わりにぎやかになります! タテに締めたワラの裾を切りそろえます。しめ縄の本体は完成間近!
本体に、それぞれ意味がある、四手という白紙、柊、裏白、馬酔木、ゆずり葉、橙を付けます。 蘇民将来の木札について説明。裏には魔除けのしるしが書かれているんだって! こちらは、笑門の木札を付けて、完成!丁寧なご指導のおかげで立派なしめ縄です!
作り終えてホッと一息のところに、松阪ケーブルテレビのインタビュー! ドキドキ… 午後の部参加予定の、お母さん、子どもたちも見学して予習。いい経験になるよ!きっと! 立派なしめ縄がたくさんできました。沖塚先生、お疲れさまでした!
おくどさんのご飯も佳境を迎えております。竹筒で火を吹くなんて、なかなかないよ… 昼食をいただく、「本膳 金輪」。“本膳”という昔のご馳走も再現してくれています。 しめ縄づくりと並行して、柳田さんがおかずや味噌汁などを作ってくれています!
おくどさんから、おひつに移して、おいしそうに湯気を立てているご飯!お腹すいてきた… どうだ、この豪華さ! しし肉のしょうゆ煮、具だくさん味噌汁、胡麻和え、なます、漬けもの… みんなでおいしくいただきました。柳田さん、沖塚さん、みなさん、ありがとう!



12月6日(土) 熊野古道伊勢路旅:松本峠・華城山コース(熊野市)
 熊野市立図書館ロビーで開会式を行いました。県の畑中さんの挨拶のあと、「熊野古道伊勢路語り部友の会」山川さんの案内で、松本峠をめざして出発しました。本日の参加者は25名です。  熊野市内の三尺玉ストリートに、熊野大花火大会の海上自爆で使われる三尺玉花火の模型が飾られていました。  大正13年に造られた「鬼ケ城歩道トンネル」です。長さが509mあり、トンネルの途中には手掘りの部分が今も残っております。
 松本峠の登り口です。江戸時代の熊野古道伊勢路は蟻の行列のように賑わったため「蟻の熊野詣」と言われたそうです。  松本峠の石畳は鎌倉時代と江戸時代に造られたもので、自然石で造られており特にすばらしいと言われています。  石畳の敷石は平坦なところは隙間が広く、急坂は狭く造られているそうです。
 約300年前、大馬新左衛門という漁師が夜、妖怪と勘違いして打ってしまった鉄砲の傷跡が残っている「鉄砲傷の地蔵」です。  アサギマダラという蝶の休憩場として造られたビオトーブがあります。  休憩場の東屋から熊野七理御浜の素晴らしい景色が望めます。日本で一番長い砂礫海岸で「日本渚百選」にも選ばれております。
 東屋の展望台で休憩をとりました。パノラマで素晴らしい景色が望めます。  「熊野古道まちなか案内所」の部屋を借りて昼食をとりました。帰りに熊野みかんのお土産をいただきました。  昼食後、「熊野古道まちなか案内所」前で集合写真を撮りました。午後からは「木本たんていクラブ」の方に案内をしてもらいました。
 江戸時代の後期に橘南渓(たちばななんけい)が華城山の岩に筆で詩を書き残したものを、後に木本の医師、喜多玄卓が石工に彫らした「木本の文字岩」です。  木本節でも歌われている、標高102mの華城山に登りました。  華城山の頂上にある巨岩の上から、熊野の町並みと熊野七里御浜が望めます。とても風の強い日でしたので立つのが怖かったです。 
 木本たんていクラブの案内人さんがこいのぼりをあげてくれました。毎年、5月の連休にあげるそうです。風があったのでとても元気に泳いでました。  華城山にある供養地蔵です。昭和10年に木本で腸チフスが流行し、その多くの犠牲者を弔うために建てられました。  熊野市指定文化財の「木本郷引谿流記」の碑です。江戸時代、木本は海辺で井戸を掘ることができず、浜地太右衛門が谷郷の渓流から水を引く工事を行った記録を残すために建てられました。
 珍しい木造三階建の建物です。昔はここで結婚式などを行ったそうです。  これも、熊野市指定文化財の「宝暦の水槽石」です。江戸時代、谷郷の渓流から引いた水を溜めた水槽石です。  JR熊野市駅で閉会式を行いました。皆さんお疲れさまでした。来週は馬越峠です。



12月6日(土) 悲運の剣豪北畠氏哀史の道、遷宮を終えた瀧原宮への祈りの道(大台町・大紀町)
宮川流域案内人: 筒井 敏さん
大台町ふるさと案内人の会、大台町観光協会さんの企画の元、総勢25名で道の駅をスタート! まずは大台中の横を通って北畠神社に向かいます。中学生の書いた案内板は面白くて必見! 茶畑などいい景色を通って神社到着。以前は旧宮川高校のところにあったそうです。
谷田さんの解説で、北畠さんについて教えていただきます。具教さんの像も写真で! 次は三瀬館跡です。桜と紅葉できれいだそうですが、紅葉は想像してください。 階層になった跡地です。伊勢新刀流の剣豪もここで刺客に襲われたとされています。
北畠谷川を挟んで胴塚。首は家臣が運んで飯高の野々口に埋められたとされています。 茶臼山砦跡。有志の方が注連縄を飾っていただいたようです。遠くからでも見えます。 下ってきて大谷不動明王。清滝がきれいに眺められ、清々しい所です。
三瀬砦跡。解説者デビュー中西さんが丁寧にご教示。宮川本支流に挟まれた要害の地です。 砦の城主、三瀬氏の菩提寺、慶雲寺で昼食休憩。本堂内でのんびりくつろいでしまいました。 三瀬の渡し保存会のご協力で、三瀬で渡していただきます!風はあるけど、宮川はきれい!
丁寧に安全に渡していただきます。川の状態いかんでは長逗留することもあったそうで… 古文書にも記録が残っていて、昔と変わらない三瀬の渡しが再現されています! 上がったところに多岐原神社。祭神を親しんで、“まなこさん”と呼ばれているそうです。
ここから三瀬坂峠に入ります。峠越えの方用の杖を借ります。侮ることなかれ… かつて通学路でもあったそうです。瀧原宮にはショートカットで行けます。あくまで平面上です… 趣深い道ですが結構大変です。杖あったほうが良いです。通学路だと思って頑張ります…
頂上には宝暦地蔵さまは祀られています。ここで、朴の木だんごと温かいお茶のご馳走! 二人に振る舞っていただき、また友だちになってくれてハッピーでしたよ!ありがとう! 無事峠越え完了。必須アイテムの杖はここで、時速8qで下りた弟君が片づけてくれます。
瀧原宮前の足神さまが疲れた足を癒していただきます。即効性があるようで弟君はもう元気! 御遷宮を終えたばかりの瀧原宮さんにお参りです。神聖な森と水に清められた気がします… お姉さんが一番乗りで参拝。楽しみな企画は期待以上!みんなハッピーでありますように!



12月2日(火) 網掛山もみじ観賞(大紀町)
宮川流域案内人: 小野幸年さん
 「阿曽湯の里」に集合し、網掛山駐車場まで車で移動しました。山の裾の林道は紅葉がきれいでした。  案内人の小野さんから、本日のコースの説明がありました。もみじは気温が8℃になると黄色くなり、3℃になると赤くなるそうです。  東コース(らくらくコース)からスタートです。このコースはケヤキの紅葉がきれいで、平坦でお年寄りでも簡単に歩くことができます。
 古木のもみじは年間4〜5本枯れてしまうので、小野さんは毎年、もみじの植樹をしています。苗木は近くの親木から採るそうです。  もみじ谷東口からもみじ谷に入りました。今年の紅葉は気候の関係で、例年より1週間早かったそうです。  もみじ谷のもみじの木は何百本とありましたが、紅葉は終わりかけでした。1週間早く来たら最高だったのになぁ・・・。
 もみじの落ち葉のじゅうたんを踏みしめながら、紅葉が残っているところを探しました。  大きな木で日陰になるところは、まだすばらしいもみじの紅葉が残っていました。  もみじ谷の展望台手前(中間地点)辺りも、紅葉がきれいでした。
 登山者が休憩するために、もみじ谷のところどころに、小野さん手づくりの腰掛があります。  紅葉シーズンが終わった冬の間に、小野さんは一人で登山道整備をしてくれてます。猪が道を崩さないように側面に石を敷き詰めるそうです。  もみじ谷西口周辺にも、まだ紅葉が残っていました。
西口のところには、休憩所が造られています。ここから西尾根コースです。  以前の西尾根コースは、山を登る大変なコースだったため、小野さんが誰でも歩けるように新しい道を造りました。  駐車場手前の網掛山西側に採石跡があります。戦前は大理石を戦後は石灰を採っていました。








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